売名行為としての寄付をもっと流行らせるべき

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先日こんな記事をみかけた→警察署に今年も匿名の寄付 佐渡

40年以上にわたって続く匿名の寄付が今年もあったよ、というニュース。

 

このニュースをみて思ったことがある。

そういえば寄付がニュースになる時って匿名の場合がほとんどだな、と。


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たとえば数年前、タイガーマスクを名乗って児童福祉施設にランドセルを寄付したというニュースがありましたよね。

最近だと他にも市名の変更にあたり匿名で1億円の寄付ってニュースもありました(金額が大きいので名前を明かしていてもニュースになったのかもしれませんが)。

 

一方、名前を明かして寄付した人がニュースで取り上げられることはあまりありません。

ぼくの記憶ではせいぜい高須クリニックの高須院長……くらいですかね。他に思いつきません。

それにしたってやっぱり匿名での寄付ほど大々的に報道されているわけじゃない。

寄付金額は匿名の人よりも圧倒的に多いはずなのに。

 

なんか、寄付したことがエラい!じゃなくて、匿名で寄付したことがエラい!って雰囲気ありません?

名前を明かして寄付をすると売名行為、みたいな。

 

 

さすがに「寄付なんて偽善!」って人は少数派だと思うんですが、「売名目的だろうが寄付しているのはエラい」みたいな風潮はあると思います。

これってつまり、名前を明かして寄付するよりも匿名で寄付する方がエラいってことですよね。

 

で、ぼくがいいたいのはタイトルの通り。

売名を目的とした寄付がもっと流行るべき、もっと認められるべきってこと。

 

寄付することに売名としての役割があるって認知されれば、売名をしたい人がこぞって寄付を始めると思いません?

「匿名で寄付した人がいた」ってニュースだけじゃ”純粋に困っている人を助けたい人”にしか寄付を呼びかけられない。

でも売名としての役割もあるってことになれば、もっと多くの人が寄付を利用しようとするはず。

 

寄付を受ける側からしたら、売名目的だろうとなんだろうと寄付してくれた方がずっといいでしょ。

むしろ「売名だー!」なんていってる人を邪魔だとすら思っているかもしれない。

 

たとえ寄付しようって流れが一過性のものであったとしても、純粋に困っている人を助けたいって人は寄付を続けますよ。

売名としての寄付行為が認められれば間違いなく寄付総額は増える。

 

なんか日本人って”黙って”良いことするのが美しい、正しい、みたいな雰囲気ありませんか。

昔はそれでよかったのかもしれないですけど、今の時代にそぐっているとは思えません。

良いことをしたんだったら大々的に取り上げられた方がそれを見た他の人も良いことしよう!って思うもんじゃないですかね。

 

ここで良いことしたら計算しているみたいで悪く思われるかも……って考えるのはムダ。

そこで堂々と良いことをしていれば

良いことしたら褒められるんだ!俺もやろう!って人が現れたかもしれません。

機会損失です。もったいないもったいない。

 

ってことで売名=悪、みたいな考え方やめましょ。

売名でも寄付したならエラい!じゃなくて、堂々と名前を出して寄付するなんてエラい!なんて勇気がある人なんだ!ってなるべきだと思うんです。


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山田ユウキ

2017年6月、フリーランスwebライターとして開業。パレオダイエッター。
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