「代案なしで否定するな」は言い過ぎ

複数人が集まって何かを決めようとするとき、自分では意見を言わないにも関わらず他人の提案した意見を否定する人がいます。

「コイツがいるせいで話が進まない」と感じた経験、一度くらいはありませんか?

 

そんな相手に痺れを切らし、「代案もないのに否定するな」という発言が飛び出すのもよくあること。

今回はこの発言が妥当といえるのかについて考えてみます。

まずは結論

記事タイトルにもしている通り、ぼくは「代案なしで否定するな」は言い過ぎだと思います。

 

たとえば高校生が学校祭でクラスの出し物を考えているとしましょう。

まず誰かが「たこ焼きの出店がいいんじゃない?」と意見を出します。

しかしそれ以降は誰も意見を出さない。

じゃあもうそれでいいんじゃないかと決まりかけたところに「いや、たこ焼きの出店はどうかと思う」と言う人が現れる。

かといって他に意見があるわけでもない。

となれば「じゃあ他に代案を出せ」と言いたくなる。

その気持ちはとても分かります。

「代案なしで否定するな」では間違った道に進むかもしれない

しかしここでたこ焼きに反対した人が次のような情報を持っていたとしたらどうでしょう?

学校祭の出し物で飲食物を扱うことは学校で認められていない、と。

 

もし代案がないからとこのままたこ焼きの出店で準備を進めたとすると、いずれこの問題に必ずぶち当たります。

もちろんなんとか学校を説得できる可能性がないわけではありません。

が、それなら最初から別の道を選んだ方が明らかに事はスムーズに運ぶわけです。

そう考えると代案なしで否定意見を述べるのも悪いことではないと思いませんか?

建設的に話を進めるには?

先ほども述べたように「代案なしで否定するな」というのは言い過ぎです。

高校の学校祭といった話に限らず、仕事の会議でも同じ。

代案が出せないから間違った方向に進むのを黙って見ている、というのはアホらし過ぎます。

これからは「否定するなら代案を出すか問題点を指摘しろ」と言うようにしましょう。

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