自分という存在はどこにあるのか

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例えば髪や爪を切る場合について考えてみる。

切り落とした髪や爪と、手や足がついている体のどちらが自分かと聞かれれば当然体の方だと答えるわけだ。

 

もう少し想像を膨らませて、腕を切り落としたと仮定してみよう。

その腕は自分の本体か?

いや、多分違う。

本体は体の方だ。

 

じゃあ首を切った場合は?

ぼくは頭側が本体だと思う。

 

頭を上下半分に切った場合は?

……まぁ、上側だろう。

 

始める前から察しはついていたが、どうやら自分は脳が本体だと考えているらしい。

そこで生まれる疑問は、脳のどの部分が自分なのだろうということ。

 

右脳を事故か何かでえぐられたとしたら、自分の本体は体に残った左脳にあると思う。

でも左脳がえぐられていれば右脳が本体な気がする。

 

どっちも自分……?

それなら体を右と左を一瞬で切り分けた瞬間、死ぬまでの間自分という存在はどこにあるんだろう……?

自分の意識は1つだと思っているから、複数に別れてしまうことにどうも抵抗がある。

 

 

……なんてことを昔よく考えていた。

 

そりゃあまぁ、体のどこか一点に自分があるわけじゃないってのは理解してるよ。

けどこうして考えてみると不思議だよねってこと。

 

こういうこと考えるのが好きなら↓の本がおすすめ。

脳の一部分を失った人の話とかすごく興味深い。

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